Seize the day!! インドネシアの空の下

今までのこと①

インドネシアに来てもう1年。

その割に、活動のことを書いていません。すみません。

ただの海外生活体験記みたいになるのもせつないと思いつつ。。。

色んな人が見れるブログだから、

よく見て考えてからにしようって思ってたら、

いつの間にか当たり障りないことばかりになっていました。

ブログって難しい。。。





この1年、色々ありました。





って言ってしまえば本当に一言で「色々」なんですが、書きます。長くなるけど。





去年の11月に語学訓練を終えてタカラールに赴任して、

前任者の任期延長が重なった約1ヶ月間は、

前任者がノンフォーマルスクールの卒業生にアクセサリー作りを教え、

彼女たちの現金収入につなげる…という活動を見せてもらい、

今後それをカウンターパート(前任者と活動していた現地パートナー)とフォローをしつつ、

自分も新たなフィールド開拓していくという方向性で引き継ぎを受けました。

そして前任者は2年半の活動を終え爽やかに帰国…(寂)


ついに1人になってしまった私。


インドネシアのお役所配属の協力隊員によく言われるのが、

「3ヶ月は役所で耐えろ」です。

公務員の仕事っぷりを観察し、人脈を作り、彼らのペースに慣れろ、と。

が、しかし、年明け早々に配属先課長が異動。

新しく来た課長は、まったくJICAのことを知らない(日本からの研修生と思われていた…)、

それどころか教育局のこと自体も知らない方(そういう人事がよくある)。

そしてさらに係長も異動になり、私の課の体制は崩れ始め、

私を要請した理由も曖昧になり、右も左もわからないまま教育局にひたすら通い、

公務員たちとの世間話をインドネシア語の練習と割り切り、

現場に行きたいけど付き添ってくれる同僚もなく

(バイク乗車が禁止されている私。車を持っていない同僚たち。)、

3ヶ月を耐えた(?)頃、気持ちの限界が来て

(自分の存在意義とか、ボランティアってなんだとか、この国はどうなってるんだとか、

有り余る時間を使って悶々と考えすぎた結果)、

体調を崩しジャカルタの病院で検査、しばらく療養生活をしていました。



どうしても国際協力の現場で活動したいと自分で望んで来た場所だったのに、

インドネシアに協力隊としていられることを全然ありがたいと思えなくなってしまっていて、

毎日泣いて、出口のない絶望的な気分に浸っていました。

当時、このことをブログに書く気になれず(心配かけたくないし、意地もあって)、

多分その時に書いていたら、

活動がうまくいっていないことにたいして配属先やインドネシア人を責める言葉が

出ていたかもしれないです。

今は、あの頃に大変だったのは私だけじゃなく、

むしろ配属先の当事者である同僚たちだし、

自分のことばかりで彼らを気遣う心のゆとりがなかったことを申し訳なく思います。

要請があったにしろ2年間の期限付きでここにいるのは私の都合であって、

彼らがずっと積み重ねてきてこれからも続いていく職場におじゃましているのは私なのに、

自分の活動成果を求めて、彼らに私の都合を押しつけていたのかもしれないです。

最近は同僚の立場や(インドネシア流の)働き方もわかるようになったし、

今までは協力隊仲間に相談していた活動の悩みも

直接インドネシア人同僚に話すことができるようになり、

彼らも私に相談してくれるようになりました。



やっと、1年近くかかって、やっと信頼してもらえたんだなぁと、

本当に本当にやっとここまで来れたと、そんな気持ちです。
[PR]



by naoko-indonesia | 2011-10-07 00:32 | 任地活動

JICA青年海外協力隊          尚子のインドネシア日記           スラウェシ島 タカラール県          青少年活動隊員          (平成22年度2次隊)
by naoko-Indonesia
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

ブログパーツ

最新の記事

1年たって。
at 2013-10-03 00:32
帰国オリエンテーション
at 2012-11-21 23:58
日本で感じたこと
at 2012-10-18 21:44
出国~帰国
at 2012-10-17 22:34
最後に最大のおみやげ
at 2012-10-02 19:13

ブログジャンル

画像一覧