Seize the day!! インドネシアの空の下

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活動報告その2-①

その2-①です。



プントンド小学校


このプントンド集落は海藻養殖が盛んな漁村。

タカラールの半島の先端に位置し、地図で言うと「K」の字の1番左下。

行き止まりで先には海しかなく、お隣ジェネポント県が対岸に見えるけど

海を渡るか、大通りまで1時間かけて戻って行くかしかありません。

こういう環境のこの集落はタカラールの人からも「僻地」と言われ、

みんな行くのを嫌がります。

この集落は昔からの慣習が根強く、地域住民の教育への理解が低いので

海藻の収穫期になると子どもたちは学校に行かず家業を手伝い

お金を稼ぐことを覚え、

学校を長欠したり辞めてしまう子どももいます。

タカラール県内には中退者向けの学校もありますが、

小学校レベルはすでに閉鎖されているので、

あとで大人になって卒業証書の重みに気づいたときにはすでに遅い、というケースも。

それをどうにか少しでも改善できないかと活動してきたのが・・・


2-①総合学習

「その科目は担当の先生がうちの学校にはいないから」と、

いないからと言って放っておいていいはずもないのに

1コマ子どもたちを放置する先生たち。。。いつものことだけど。

それならばその時間を私がもらって直接子どもたちに教えようと、

CPのPPLHスタッフと一緒に3-6年生の授業を受け持ちました。

目的は・・・

・家族、友達、種族、民族を超えて周りの人を敬うことの大切さを知ってもらう

中華系インドネシア人や肌の黒い人をバカにしたり、すぐに喧嘩したり、

他の宗教に対して差別的な発言したり。。。私も最初「China~!」って笑われました。

中華系と間違われるのはべつに良いんですが、

そこに含まれるバカにしたようなニュアンスの善悪については

絶対に子どものうちに気づいてもらいたいと思った。


・自分の周辺にある環境を知り学ぶことで、その大切さに気づく

・子どもたちに学校を楽しいと感じてもらうことでモチベーションの向上につなげる。

・先生たちに資金を必要としない授業方法を提案


CPダニーとシラバス作りから始めて

アクティビティやレクリエーションを取り入れながら授業を続けた結果・・・


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子どもたちが毎週この授業を楽しみにしている様子を見た先生たちが

少しずつ授業に参加して手伝ってくれるようになり、

いつの間にか子どもたちは私の授業の準備や片づけを手伝うようになり、

私のへたくそなインドネシア語を笑わなくなり、

私にマカッサル語で話しかけてからかうこともなくなり、

静かに話を聴くようになり、

落ちてるゴミを拾ってゴミ箱に捨てるようになり、

びっくりするほどの変化が見られました。




でも、「ザ・協力隊!」のような

子どもたちと隊員が微笑みあってる・・・みたいな図はなく。現実。

最初は大きな声じゃないと誰も聞いてくれなかったし、

授業中でも喧嘩始めるし騒ぐし、

私も叱るときは本当に叱ったし、

いろいろあっての結果でした。


本気で叱ったときは、さすがに子どもたちもビックリしたみたいで

私が怒って日本に帰ってしまうと思って泣いてしまう子も。

うまい叱り方を知らない私は、

しまった・・・と後悔もしたのですが、

結果、子どもたちは素直に受け入れてくれました。





私は算数も国語も社会もまともに教えられないけど、

「学校に行くのが楽しい」

「がんばったのを褒めてもらえて嬉しい」

こういう感情を子どもに感じてもらうことができたこと、

それでよかったと思います。

そこから先は先生たちに。
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by naoko-Indonesia | 2012-09-29 23:57 | 任地活動

活動報告その1

切羽詰まってる感まる出しですが、2年間の活動を少し紹介します。



PKBM SEHATI(住民学習活動センター)での活動


前任者はこのPKBMのPAKET(学校中退者向けスクール)の生徒に

アクセサリー作りを教え、生徒の自立支援をしていました。

2代目で後任のいない私は、このアクセサリーを今後も継続販売していく先が必要と考え、

販路開拓をすることに。

その結果、タカラールで1軒(私のもう1つの活動先PPLH)と

マカッサルのおみやげ物店で販売契約を結ぶことができました。

過去の記事はコチラ→2代目
              完売御礼!



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パノラマの店長さんとHAWA。これから仲良くやっていってね。





そして、以前からのキーホルダーとブレスレットに続く新商品を考えています。

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私の帰国時点までに商品化にこぎつけたのは

南スラの伝統織物「スットラー」を使ったシュシュとヘアーバンド。

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店長さんがラッピングも含め気に入ってくれたので、

すぐに発注となりました。

きっと今ごろHAWAがせっせと布を買って用意していると思います。

手縫いで作れる商品なので、ミシンを持っていない生徒でも大丈夫。

他の正規職に比べればわずかな収入ですが、

自分で作ったものが売れることで

学校を中退したことに対する引け目を感じずに

自信を持って将来自立していってほしいと思います。





他にも、パンダン椰子から作るカバンやスリッパ、

貝殻から作るブローチなど、

まだHAWAと試作を相談していた段階のものがあって、

本当は最後まで見届けたかったけど、私の力不足でした。


思い返せばキリがなくて、

新商品開発や販路開拓にもっと積極的になれば、

もっと意欲を引き出す努力をすれば、

もっとシビアに生徒に接していれば、

より成果は増やせたんだろうけど、

郡教育局の事務仕事もあるHAWAや、

今までのんびりでやってきた生徒たちのペースを乱してまで

活動成果を求めたくないっていうのもあり、

私にできたことはここまで。

彼女たちの興味関心を引き出すことはできたので、

あとは彼女たち次第かなと思っています。







そんなHAWA、私がジャカルタに来てからほぼ毎日連絡があります。

昨日の電話では嬉しいニュースが。

来月開催される南スラウェシ州全体の教育フェスティバルで

このPKBMが他の郡を抜いてタカラール代表として出場することになったそうです!

このPKBMの活動がきちんと評価されたことは私にとっても嬉しいことです。


今後はHAWAがモチベーションを保って

この活動を続けて言ってくれることを願います。
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by naoko-Indonesia | 2012-09-29 23:50 | 任地活動

教育省報告と悲しき癖

今日、国民教育省でのプレゼンが終わりましたー。

準備に時間もかけたし、ずっと気がかりだったので終わって一安心。

自分の活動報告とあわせて、

タカラール僻地の教育現場の現状や教育局公務員の実態(?)を

だいぶ正直に話してきました。

相手側が予想以上に興味を持ってくれて、

今後どのように中央の教育政策を地方に浸透させていくか、

教育サービスの格差を少なくしていくか、

今後もし教育分野の隊員が来た場合のJICAと教育省の協力体制など、

具体的な話が出てきたのにはビックリ。

県・州よりも断然反応が良かったです。

私のプレゼンはともかく、

これをきっかけにインドネシア政府側とJICAが

インドネシアの教育の質向上に向けて

より強く地方僻地にはたらきかけてくれることを願います。

これで私の睡眠不足の日々も報われるーーー。
























そして私やっぱり気づきました。

この達成感の裏側で。





















私、


やっぱり、







































かなり訛ってるらしいです。

























今回のプレゼン、相手は国民教育省の役職者の方々。

南スラのがさつで強い口調が出ないように、

粗相がないように、

ジャワ人に合わせてゆったり丁寧に・・・と、猫かぶってみたのですが、

ところどころ隠しきれていなかったようで、バレる。

「さすが2年間住んでただけあるね~。すっかりマカッサル人だね。ははは~!」と。

しかも職員の中にたまたまマカッサル人のおばさまがいて、

「その訛り、懐かしいわ~」と・・・

インドネシア人に懐かしがられる私のインドネシア語。。。






さらに、ジャカルタにいるにも関わらず出てしまうマカッサル語。

「ジャワ人にマカッサル語で話しかける日本人」になっています。

使いこなせていない・・・。




でも、こんなんでもインドネシア語検定は受かったんです。C級。






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信憑性に欠けますが。。。






こんなインドネシア語でも、

これから忘れていってしまうのかと思うと、

今後使う予定もないのに不安になります。

話したいのに言葉が出てこない恐怖。。。

日本に帰国してからしばらくは同期との会話はインドネシア語でしょうか・・・。





そしてもう1つの悲しい気づき。







「小銭を蓄えようとする癖」







変な癖じゃないです。




タカラールでは額面の大きい紙幣はほとんど使えないので、

普段からRp.50.000とかRp.100.000紙幣は

マカッサルやジャカルタでくずして細かいお金にして持って帰ります。

その癖が抜けていないんです。

会計金額をよく見もせずに、すぐに大きな金額で支払って

細かいお金が返ってくると嬉しい・・・

ジャカルタに来て数日でお財布の中が賑やかになってきて、

初めて気づきました。

もう必要なかったんだ・・・。

むしろ小額にしすぎると帰国の時に両替できなくなる。。。
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by naoko-Indonesia | 2012-09-28 23:15 | 帰国まで

ジャカルタで追い込み

今日はJICA事務所でナショナルスタッフと

明日の国民教育省向けプレゼンの最終チェックをしてきました。

ここまで長かった・・・やっと解放されるー・涙


協力隊という立場だからこその、

現場の実態を中央政府に直接言えるという特権をフルに活用して、

明日は私が見てきたタカラールを伝えてきます。




荷物は大方片付いて、

あとは46キロを超える分だけ郵便局から送る予定。

たまたま南スラ隊員2人が会議でジャカルタ上京日が同じだったので

一緒に飛行機チェックインしてもらって

60キロでドメスティックをクリアできたのです。

えみさん&てらさん、ありがとうーーー!



いろいろいろいろ書こうと思っているのですが

とりあえず明日のプレゼンを終えたらにします。





そろそろ他国同期は帰国が始まったようです。
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by naoko-Indonesia | 2012-09-27 21:37 | 帰国まで

いよいよ・・・

もう少しでスラウェシを出発です。

ここには書けてないこと、いっぱいあるのですが、

もう本当に本当に、このスラウェシ島での2年間の生活も終わりです。



今はとにかく寝たいです。

メール返せていない皆さま、ごめんなさい。

JKT着いて落ち着いたら返します。
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by naoko-Indonesia | 2012-09-22 03:35 | 帰国まで

そろそろ・・・

ついに今週の土曜日にスラウェシ島を発ちます。

帰国報告に荷物のパッキング、

CPへの活動の引継ぎやお別れ会など、体がもう1つほしい毎日です。

タイ旅行の記事をのんびり更新してる場合じゃなかった・・・。


1番苦しめられていた(いる)のが省庁などへの帰国プレゼンと報告書の作成。

もう何日まともに寝れていないことか、、、涙

県と州の教育局は済んで、残りは国民教育省と官房とJICA!

こんなに大変なら帰らないほうがマシかも・・・と現実逃避。

帰ります。




もうダムは決壊して涙は止まらないし、

寝れないし、

荷物は片付かないし、

一体どれだけひどい顔で成田に降り立つのか・・・。
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by naoko-Indonesia | 2012-09-21 04:43 | 帰国まで

任国外旅行 その2

なんだか前回の記事を読んでると

完全にインドネシアが残念な感じになっていますが、

隣の芝生が青く見えたのもあるのでご了承を・・・。

きっとタイ隊員がインドネシアに来たら「インドネシアすごいねー」っていうのも

あると思います。たぶん。




観光編。

1日目はインドネシア語検定を終えた翌日にバリから出国。
(検定の日に日本からの友人にレギャンで会えました☆ありがとー!)

バンコクの空港で日本からのJAL便と到着時間がかぶり、日本人の多さに動揺。

タイ同期と無事に会えて、移動する電車に驚く。

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すごいーーーー。

しかも車内もきれいでゴミがない。

しかも静か(南スラ人のように大きな声でがさつに話さない・・・)。

しかも誰も携帯電話で通話してないし、タバコ吸ってない。

こういうことで驚くことがインドネシアの現状を物語っているかと・・・。

そして、
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この1番左端のマーク!

さすが仏教国。



そのまま晩ごはん。

もちろん目指すは。。。





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                           日本食とビール!

タイは日本食がすごいと聞いていたので、インドネシア同期ちかとずっと狙ってました。

タイ料理よりも日本食に惹かれるあたりが協力隊かも。

おいしかったー。

そしてタイ同期の家(バンコクが東京なら任地は埼玉か茨城とのこと)に着いてまたびっくり。

日本の社宅みたい!

その質の高さと30年を感じさせない頑丈で快適な作りに感動。








2日目。

近所の市場で朝ごはんを食べて、

出勤してきたSV(マキさんお元気そうでした!)にご挨拶して出発。

ローカル電車に乗って、

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トゥクトゥクに乗って、

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アユタヤ遺跡郡を見て(すごい迫力でした)

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                        E.Tみたい。

象に乗って

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晩ごはんは帰りの電車を待ちながらビール。

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この晩ごはんが翌日の大冒険に。。。









3日目。

昨日と同じように市場で朝ごはんを食べてると、タイ同期の様子がおかしい。

なんだか具合が悪そう。

たぶん前日の晩ごはんにあたったみたいだと。

同じものを食べたちかも私も全然平気なのはなぜでしょうか。。。

ちかと私はノープランだし、ローカルなタイ古式マッサージにも行きたいから

今日は家でのんびりしなよーと言うも、今日までしか休暇とってないし王宮に行く!と。

ローカルバスに乗って出発してしばらくすると、

やっぱりなんだか大変そう・・・

途中下車して休憩。

その休憩中にちかと2人でジェスチャーで屋台の椅子で待たせてもらうと、

きれいなお姉さんが英語で話しかけてきてくれて、

去り際においしいジュースをごちそうしてくれました。

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名前はわからないけど、おいしかったー。



そしてタイ同期。

やっぱり具合良くないので、帰ろうと言うことになるも

悪いから2人だけで行ってきてくれと。











???









言葉も話せず、ガイドブックも地図も持たない私たち(他力本願過ぎ)が

アルファベット表記すらないローカルバスに乗って王宮へ・・・????

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行ってきました!!

タイ語も話せず、

ガイドブックも地図も持たない、

土地勘ゼロの2人が、

ローカルバスに乗って、

王宮に!!!!!!!!!!!

今考えても、よく行ったものだと思います。

かばんの中で役立ちそうなのは

タイバーツと、同期がタイ語で「王宮」と書いた小さな紙。

それとインドネシアのJICA携帯。しかも充電切れそうな。

一応電波は入っていたので、もしものために。



まず、最初乗ったバスが間違いであることが判明。

そのドアマン(?)のおじちゃんは英語まったく話せず。

王宮と書かれた小さな紙を必死に見せると、

わかった!と、周りを走るバスで王宮行きを見つけて「あれに乗れ!」と。

しかもそのバスの運転手さんに合図してくれて、わざわざ止めてくれた上に

運賃はいらないからとジェスチャーされ。

本当に感謝。

こうして無事に王宮行きのバスに乗り換え、

隣の席のタイ女性が超ーーーーーーーーーキレイで、ちかと見惚れてるうちに到着。

私たちの計算では、王宮にはきっと日本人観光客がいるはず。

それもきっとバックパッカーが。

きっと歩き方を持ってるはずだから見せてもらって帰り方を考えよう、と。







でも。。。









日本人おらず。





本当に珍しいことらしいですが、

日本人いない・・・。


近くにいたタイ人に同期の住所を言っても

「遠いよー」「わからないなぁー」と。

あげく「地図持ってないのか?」とタイ人に聞かれる。。。たしかに。





もうこうなったら、

来たバスと同じ番号のバスに乗れば帰れるかもしれないという望みに賭け、

バス停の係りのおじちゃんに同期の住所の近くにある目立つ建物の名前を

連呼し、教えてもらったバスにやっと乗る。

そしてひたすら渋滞して混み合う帰り道。

車内も混んでて暑かったけど、

帰れるかどうかが気がかりでそんなこと問題じゃない!

近くにいる英語の話せそうな人に住所を言って、

降りるところを印象付けて・笑、

ついに無事生還したときには外は真っ暗。

しかもなぜか帰りに乗ったバスは無料。

タクシーとかでどうにかこうにか帰ってくると思っていたらしいタイ同期は

2人でローカルバスで帰ってきたことにビックリしてました。

その後、具合も良くなった同期とカウンターパートと晩ごはんに。

長い1日でした。

王宮についての感想がどうこうっていうよりも、

王宮に無事行って帰ってこれたということのほうが大きくて、

王宮自体の記憶があまり残っていないのが残念ですが・・・。

あ、でも服装検査が厳しくレギンスはNGでした。

イスラム的には肌が露出しているのがNGなので、

わざわざスカートにレギンスを履いていったのに、

検査のおじちゃんに「脱いでください」と言われ、

聞き間違いかと思って

半信半疑でスカート(しかも膝上)に素足でもう1度いくと、

「どうぞ」と。

ちかと2人、大カルチャーショックです。

ミニスカートOKでレギンスNGって!

宗教や文化が違うと、基準も違うんですねー。






その3に続く・・・
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by naoko-Indonesia | 2012-09-14 22:37 | インドネシア観光

任国外旅行へ その1

今年の7月、

学校は断食休暇に入り

ノンフォーマルスクールも全国統一試験を終えてセメスター休暇に。

2週間、何も活動がない・・・(本当ならこの間に帰国準備したらいいんだけど)

帰国3ヶ月前にして活動がないうえに断食っていう状況・・・なんだかもったいない。




と、いうことで、









2年間使わずに帰国するんじゃないかと思っていた制度・・・






「任国外旅行」!






協力隊は年間20日の休暇がJICAから与えられていて、

その範囲内で配属先の許可があれば任国内外を旅行することができます。
(2年間のうち1回だけなら日本への一時帰国もできます。)

でも、協力隊の持つオフィシャルパスポートには条件があって

外務省から発効された時点で訪問できる国が明記されています。

なので、どこでも行けるわけではなく

そのパスポートに明記されていて

さらにJICAが認めている国に訪問できることになっています。

もちろん私費です!




ちなみにインドネシア隊員が訪問できる国は・・・

マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、パプアニューギニアです。

なぜかカンボジア隊員はインドネシアが認められているのに

インドネシアはカンボジア訪問が対象外・・・インドネシア、けっこうそういう国があります。

なんでだろう。



でも、ともかくこの5カ国には行けるので、

このなかで1番行ってみたかった国・・・
























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タイ!








行ってきました。



お隣のパプアニューギニアも捨てがたかったけど、

直行便がないうえに物価が高い。しかも危険。

それならば

インドネシアから直行便があって物価も安く二本松同期もいるタイにしようと。
(ちなみにPNGは駒ヶ根訓練所)

インドネシア同期と2人旅です。















とぉぉぉぉーーーーっても良い国でした!!!タイ!!!!!








なにが良かったのかはっきり説明できないんだけど、

とにかく良かった!笑








「協力隊なのに海外旅行?私は帰国してからでいいかなー」って思っていましたが、

在任中に行けてよかったです。


インドネシアに対して「第三者」的な外からの視点を自分が忘れていたことに気づけたし、

宗教の影響力の大きさを知ることができたし(やっぱり仏教は落ち着きます)、

協力隊の活動そのものにたいしてもタイとインドネシアの違いを見ることができて、

また新たな気持ちでインドネシアに戻ってくることができました。

もちろん観光も楽しかった!

隊員ならではのローカル旅ができました。





いくつかビックリしたこと集(観光以外)

ビックリ①

数人のタイ同期に会ったのだけど、

みんな会うとまず「ワーイ」という手を前で合わせる挨拶を自然に私たちにする。

私はインドネシアの挨拶の握手癖がついていたようで、すぐに握手する。

お互い日本人のはずなのに、

この2年弱ですっかり任国ナイズされていたことにビックリ。

きっと日本に帰国してからもしばらくは抜けないと思う。






ビックリ②

滞在中は、配属先の施設内にあるタイ同期(作業療法士)の家にお世話になっていて、

その施設の中を通るとき、

同期が「ワーイ」をする相手と、せずに「おはよう」と声をかけるだけの相手がいて、

その違いを聞いてみると、

「むやみにワーイはしないほうがいいとされているんだよ」と。

それを聞いた私は、

「あんまり自分からワーイをすると相手から下に見られるから?」と、

すっかりインドネシア文化的発想。

年功序列の階級社会のインドネシアでは協力隊員は子ども同然。

公務員たちに対等に扱ってもらう為には、

あまり謙遜しすぎたり下に出たりすると、

研修生とかお手伝いとかと思われてしまうので、

ある程度の威厳というか、立場を自分で守らなければいけないのです。

特に南スラでは、そういうことで悩む隊員が多く。

ところがタイ同期から返ってきた答えは、

私のこの荒んだ考えを吹き飛ばすものでした。

「オレからワーイをすると、相手も仕事の手を止めてワーイを返さなくちゃいけない。

その仕事をじゃましたくないので、むやみにしないようにしているんだよ」と!

もう本当にお恥ずかしい。

べつにインドネシアの文化を否定するわけではないけど、

このタイの考え方!!!!

なんて奥ゆかしいんだーーーーー。




ビックリ③

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このリハビリテーション施設には同期のJVとSV(手工芸)が配属されています。

その建物や備品の管理状態の良さに感動。

30年近く前に日本の援助で建てられたそうですが、

去年10月の大洪水の被害を受けたにもかかわらず(私の肩の高さくらいまで水がきたとか)

その修理や掃除などはこの施設の予算でほとんど完了していて、

ペンキの塗り替えを待つ壁に水の跡が残っていたりするくらい。

備品などは定期的に点検して台帳管理まで!

30年たっても大事に使われ、その機能を維持している施設。

タイ・・・素晴らしすぎる。涙


そこでインドネシア同期と話したのが、インドネシアだったらどうなったか。

「きっとうちらの任地じゃ修理もせずに“支援してもらった建物が洪水でダメになったから

横にもう1回建ててくれ”って平気で言うよね・・・」と大きく頷きあう。

簡単にその様子が想像できすぎる。涙


そして、建物同様に大切にされているJV&SV。

強くいないと負けてしまうインドネシアとは大違いで、

本当に大事にされていてうらやましいかぎり。

CPにも会いましたが、

言葉のわからない私たちにも本当に優しく、

同期との日頃の関係の良さが伝わってきました。

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     この写真にたどり着くまでにインドネシアJV2人の大冒険が。。。




ビックリ④

どうでもいいことですが、

インドネシア語に浸って2年間生きてきた私は、

恐ろしいことに頭から英語がすっかり抜け落ち

バンコク行きの飛行機で「聞くだけで口から英語が飛び出す」みたいな教材を

付け焼刃で聞いてみるものの、当然効果はそんないきなり出るわけもなく、

気づかないうちに「タイ人にインドネシア語で話しかける日本人」になっていました。

本人まったく気づかず英語を話している気満々なのに、

口から出てくるのはインドネシア語。

同期も同じく。2人で大爆笑。

どうにかまともに英語が出てくるようになったのはタイ滞在も終わりの数日だけ。

それも、インドネシア語も混じってよけいに混乱を招く英語・・・。







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               市場にいた、ずっと耳が立ってる犬。動いても折れない。


観光編はまた次回。
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by naoko-Indonesia | 2012-09-13 22:19 | インドネシア観光

それでも僕は誇りに思う。

1年くらい前に教育局のアルバイトスタッフと話していたとき。

このスタッフは公務員たちを見ながら

「ナオコ、こんな働く気のないインドネシア人ばかりであきれたでしょ?」と、

私に言ってきました。



べつに私が何を言っても害のない相手だし、

実際このとき(も)教育局に対してうんざりすることが続いていたので

正直に「うん、そうだねー」と、いろいろと話をしました。

で、一通り話した後に彼が言った一言がこれ。




















「それでも僕はインドネシア人であることを誇りに思う。」




















ガツンときました。

私はインドネシアに来るまで、

自分が日本人であることをどう思うかなんて考えたことありませんでした。

そのくせ、インドネシア人を前にインドネシア公務員の批判をして、

無意識に日本が上であるかのような、

日本人がスゴイとか規律正しいとか言われている良いイメージに甘えていたのかも。








インドネシア人は本当に愛国心が強い。

みんな小学校から当然のように国歌を歌い国旗を掲揚します。

普段着のジャージの背中に「INDONESIA」と大きく刺繍されていたり、

胸元に国旗のマークが入っていたり。

日本だったらワールドアップやオリンピックの時意外に

あんまり国旗とか国歌とか意識しないし、

なんだか今の(私の知っている2年前の)日本では

そのことに触れることがタブーのような、

ものすごくセンシティブな話題だったような気がします。

公立学校の先生が卒業式に国歌を歌わなかったとか、

右とか左とか。。。







同じ国なんて1つもないので、

インドネシアと日本を比較してどうこうなんて言えないけど、

私はこのスタッフの言葉が1年以上たった今でも忘れられません。
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by naoko-Indonesia | 2012-09-12 23:39 | 思うこと

マカッサルの空港

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意外にも新しくてきれいなんです。

私が今まで行ったことのあるインドネシアの空港の中では1番キレイ!

一応インターナショナルで、マレーシア便が出てるとか出てないとか。

マカッサルではなくウジュンパンダンと呼ばれることもあります。

今年の始めだったかにスタバもオープンしました。

高くてなかなか手が出ないけど。

ほかの島の隊員が南スラに来ると必ずこの空港で驚き、

空港でてマカッサルから地方に向かうとその格差に驚きます。

なーんだ空港だけか、と。







以前、総会のためにJKTに行くとき、

金属探知ゲートの職員に、

「I need you...」と突然言われました。

しかもものすごく恥ずかしそうに。

気持ち悪かったのでとりあえず笑ってやり過ごし、

JKTで他の隊員に話したら、

「そういう時は“I wont you~♪”って言わなくちゃー」と。

あぁーーーー








AKB!










たしかに国籍も書かれている外国人居住者証をチェックされた。












空港はキレイでも、働いているのはあくまでも南スラ人。









そして、誰も興味はないかもしれないですが、

空港を出て定額制の空港タクシー(Rp.87.000+高速走路代Rp.10.000)に乗るか

DAMRIという空港バス(Rp.15.000)に乗るかしてマカッサル市内へ(30分~1時間)。

市内のスディルマン通りかアラウディン通りから

NANABASEかSP3、PAJARという赤い小型乗り合いバス(Rp.7.000)に乗ると、

乗り換えナシで1時間半~2時間ほどでタカラールに行けます。

もし良ければぜひ・・・。
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by naoko-Indonesia | 2012-09-11 16:46 | インドネシア観光

JICA青年海外協力隊          尚子のインドネシア日記           スラウェシ島 タカラール県          青少年活動隊員          (平成22年度2次隊)
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