Seize the day!! インドネシアの空の下

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たくましく、おおらかに・・・

停電、断水、断食、渋滞、ゴキブリ、インドネシア人(?)・・・



この1年で耐えられるようになったものたちです。



JICA貸与の携帯電話が電池切れかかってるのに停電で充電できずヒヤッとしたり、

断水続いて、やっと出た水が茶色く濁ってて何かよく知らない虫が一緒に出てきたり、

1ヶ月間お昼抜きで過ごしてみたり(結局痩せなかった…)、

排気ガスの中ひたすら待ったり、

部屋のドア開けたらゴキブリがいらっしゃってたり
(最初はホストマザーに退治してもらってたけど、もう1人でできます)、

いろいろありましたが、

日本にいたころの私からしたら、

だいぶたくましくおおらかになったと思います。


なにより、約束守らないインドネシア人にイラっとしつつも

待てるようになったことは大きい!

昨日も約束の7時半から1時間待ったけど、

やっと来た同僚に冗談言って笑えるくらいになりました。



でも、待たされるとわかっていても5分前行動してしまう私は

やっぱり日本人。もう意地かも。

これが日本人だ!って、最後まで見せたい。


そして、この「インドネシア人」ていう項目以外をすべて受け入れて

日常生活としているインドネシア人てすごい・笑
(断食はイスラム教徒だけだけど)





スイッチ入れたら電気がつく(しかも電圧が安定してる)、

水道ひねったら飲める水が出る、

渋滞してもクラクション攻撃しないし電車は1分の遅れもなく運行する、

ゴキブリはほとんどいない、

日本ってなんてすごい国…

そしてその恩恵を当たり前と思っていた私。

ありがたみをしっかり感じるようになりました。




インドネシア人のたくましさとおおらかさを学びつつ、

日本人の正確さや礼儀を忘れず、

バランスを保って生きられたらいいなぁ。
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by naoko-Indonesia | 2011-10-28 23:34 | 日々のこと

日本から・・・

この1年、

日本からEMSやエアメールが届きましたが、

今回はなんと・・・












友達が来てくれました!!!

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しかも、私の住むスラウェシ島に!!!

大学時代からの友人2人。

まさか本当に来てくれるなんて。

1年ぶりに会えて嬉しかったです。




そして超ローカルなスラウェシ旅行。

漁船みたいな小さな船で離島に行き、
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シュノーケリングして、

ココナッツの実を割って飲んで、

ピサンゴレン(揚げバナナ)食べて、






マカッサルでチョト食べて(友達もはまった)、

シーフード食べて、

ビンタンビール飲んで。






タカラールでマングローブの植林して、

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マンゴーやパパイヤを食べて。


まさかタカラールまで来てくれるとは思わなかったので、

本当にびっくり。

タカラールの人たちもびっくり。








そして、せっかくインドネシアに来たので

やっぱり「バリ島」へ。

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とてもステキな島でした。

幸運にも満月と何日かに1度のお祭りが重なって、きれいな踊りと行列が見れました。

きれいなもの、かわいいもの、すばらしい伝統や景色がいっぱいあって

日本人がバリにはまる気持ちがよーくわかる。

住めるなら住みたい(>_<)!




ちなみに下から2つめの写真。

映画「食べて、祈って、恋をして」に出ていた実在のヒーラーに会ってきました。

結果は…

ヒーラーも齢には勝てないみたい。。。

うちら3人、ほぼ同じことを言われました・笑






そしてバリ滞在中、何度もインドネシア人に間違われ…。

日本からの友達と比べたら、そりゃ日本っぽさは消えてるかもしれないけど…。

ちょっとショック(;_;)








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それでも、本当に幸せな旅行でした~。

わざわざ日本から来てくれた友達に感謝。
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by naoko-Indonesia | 2011-10-15 23:44 | インドネシア観光

今世紀ナンバー2?

帰国した調整員が「チョト」をナンバー1と言うのなら、

私が推すインドネシア料理はナンバー2・・・?



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「Es Buah」エスブア


氷と、果物と、寒天と、ナタデココと、シロップ。
きみどりのはいもむしじゃありません。


断食月は毎日18時にこれを食べる。

もちろん、ふだんもあります。

道の脇に、だーっと屋台が出ていて。



先日これを食べたJICA関係者の方(日本から来てた)は「強烈」の一言。。。

でも、「おいしい」とも言ってました!





隊員仲間には「インドネシア料理で舌が麻痺してハードルが下がってるんだよ」と、

さんざん言われるけど、好きなんです。


おなかが強い人、ぜひオススメです。


チョトを食べて、デザートにエスブア食べたら、今世紀ナンバー1,2制覇。
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by naoko-Indonesia | 2011-10-10 06:00 | インドネシア食

今までのこと③

というのも、私の当初要請内容は「学校外教育の活性化」でした。

学校中退者向けノンフォーマルスクールの生徒が授業に来るよう講師と授業の活性化。

それと識字教室。

なぜ「フォーマル教育」に足を突っ込んでいるかと言うと、

その学校外教育の問題の多さ(“色々”あって…)。

そこで、学校外教育をどうこう言う前に、

そもそも中退者を出してしまうインドネシアの教育現場がどうなっているのか

知りたいと思ったのがきっかけです。

そこで4月から、この活動を続けながら、ニーズを探っています。





その傍ら、7月にノンフォーマルスクールの国家認定修了試験がありました。

合格すれば正規教育と同等の卒業証書がもらえます。

私はその受験生たちにアンケート調査を実施する為、同僚たちと会場にいました。



その会場で見たのは、とても残念な光景。



彼らはこの試験の為に週3回の授業を受けているはずなのに。

「こんなことしても彼らの為にならない。

こうやって手にした卒業証書にはなんの意味もないよ。」と言う私に、

同僚が言ったのは「こうでもしないと彼らは合格できないんだよ。彼らの為。

彼らが仕事に就くためにはしょうがないことなんだよ。だからここは黙っておいてほしい。」

という現実のこと。


たぶん、私がその会場で「ダメだよ!そんなんじゃ!ちゃんと正当にやりなよ!」って

言うのは簡単だけど、たとえそこで私が言ったとしても、

他の会場も、去年も来年も、考えたくないけど同じことが繰り返されているわけで、

そこでたまたま私が運悪く居合わせてしまった彼らにだけ私の「正論」を押しつけることが

果たして正しいのかわからなくて、私って一体なんのために?と思って、

何も言えずただ泣いて同僚を困らせることしかできず。






あぁー、本当に私はなんの為に派遣されたんだろう。

勉強してもしなくても一緒なら、頑張った人が損するって思うじゃない。

これじゃ、彼らが授業に来るはずがない。講師が来るはずもない。

こんなんじゃ、「学校外教育の活性化」なんて実現しない。

私の力でどうにかできる問題じゃない。

結局私は「正論」しか言えないし、自分の“常識”で善悪を判断することしかできない。

でも、こういう現実を肯定するだけの器もない。

「ない、ない」ばっかで悔しい…。

無力だなぁ…。


って打ちのめされ、再び3月と同じような状況に陥りかけて。





それでも彼らのアンケート結果をみると、

将来の夢はちゃんと持ってるし、

ほとんどは家庭の経済状況が原因って書いてあるけど、

それでも中退するんじゃなかったって後悔が書かれてるし、

卒業証書がこんなに社会で大事なんだってことを本気で就職を考えた時に

初めて知ったっていう人がたくさんいることがわかりました。

それなら、やっぱり中退を食い止める活動が必要なんじゃないかって思ったのが、

今の活動を続けている理由です。

中退してしまったら、行きつくとこはこのノンフォーマルスクール。

それならば、どうにかなるうちにどうにかできないもんかと思いながら、

小学校を巡回しています。



長欠の原因は、家庭環境か、学校の質か、地域の慣習か、あきらめか。



残り1年かけて、1つでも何かが改善して、

1人でも学校に復帰してくれたらいいなと思っています。



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今は、こうしてここにいられることがとてもありがたい。




って思えるようになったから、やっとブログに書けました。
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by naoko-Indonesia | 2011-10-09 06:19 | 任地活動

今までのこと②

そんなこんなで、3月下旬にタカラールに戻り、現在は1つの郡で活動しています。

「学校中退を防ぐ活動」です。


インドネシアは就学率(数字だけ)こそ良いですが、

私の活動しているタカラールの農村・漁村部では、

長欠したままなんとなくフェードアウト~ドロップアウトしたり、

留年(進級試験があるので)しつつもどうにか小学校卒業したはいいけど

中学校に進学せず中退にもカウントされないまま義務教育を終えられない子どもがいます。
(日本と同じ6・3の義務教育)


その原因のほとんどは“家庭の事情”と言われています。

親にくっついて畑や海に出て手伝い、

その収穫物でお金を稼ぐことを覚えた子どもは、

すぐにはお金につながらない学校の授業から遠ざかります。

ジャカルタなど都市部の急成長に影響され、

ここスラウェシでも高卒以上の卒業証書がないと定職に就くのは困難です。

タカラールの公務員たちですら、自分の昇格・昇給の為に院卒の修士資格をとるのに必死。


事情を知らないまま、学校に行くことをむやみに強制するのは私の活動のエゴだと思うけど、

将来の選択肢をまだ広く残せる可能性があるならば、私は学校に行こうよって言いたい。


ということで、今は僻地の小学校を重点的に巡回し、

長欠児童の有無やその学校の状況(そもそも先生が来ていない学校も多いので…)を

調査しています。

最近は教師勉強会に参加して、先生たちのモチベーションが上がるよう

同じ任地の先輩隊員の力も借りつつ、地道に学校の質向上を目指しています。





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こどもが行きたいと思える学校。

親が、子どもを行かせたいと思える学校。
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by naoko-Indonesia | 2011-10-08 13:13 | 任地活動

今までのこと①

インドネシアに来てもう1年。

その割に、活動のことを書いていません。すみません。

ただの海外生活体験記みたいになるのもせつないと思いつつ。。。

色んな人が見れるブログだから、

よく見て考えてからにしようって思ってたら、

いつの間にか当たり障りないことばかりになっていました。

ブログって難しい。。。





この1年、色々ありました。





って言ってしまえば本当に一言で「色々」なんですが、書きます。長くなるけど。





去年の11月に語学訓練を終えてタカラールに赴任して、

前任者の任期延長が重なった約1ヶ月間は、

前任者がノンフォーマルスクールの卒業生にアクセサリー作りを教え、

彼女たちの現金収入につなげる…という活動を見せてもらい、

今後それをカウンターパート(前任者と活動していた現地パートナー)とフォローをしつつ、

自分も新たなフィールド開拓していくという方向性で引き継ぎを受けました。

そして前任者は2年半の活動を終え爽やかに帰国…(寂)


ついに1人になってしまった私。


インドネシアのお役所配属の協力隊員によく言われるのが、

「3ヶ月は役所で耐えろ」です。

公務員の仕事っぷりを観察し、人脈を作り、彼らのペースに慣れろ、と。

が、しかし、年明け早々に配属先課長が異動。

新しく来た課長は、まったくJICAのことを知らない(日本からの研修生と思われていた…)、

それどころか教育局のこと自体も知らない方(そういう人事がよくある)。

そしてさらに係長も異動になり、私の課の体制は崩れ始め、

私を要請した理由も曖昧になり、右も左もわからないまま教育局にひたすら通い、

公務員たちとの世間話をインドネシア語の練習と割り切り、

現場に行きたいけど付き添ってくれる同僚もなく

(バイク乗車が禁止されている私。車を持っていない同僚たち。)、

3ヶ月を耐えた(?)頃、気持ちの限界が来て

(自分の存在意義とか、ボランティアってなんだとか、この国はどうなってるんだとか、

有り余る時間を使って悶々と考えすぎた結果)、

体調を崩しジャカルタの病院で検査、しばらく療養生活をしていました。



どうしても国際協力の現場で活動したいと自分で望んで来た場所だったのに、

インドネシアに協力隊としていられることを全然ありがたいと思えなくなってしまっていて、

毎日泣いて、出口のない絶望的な気分に浸っていました。

当時、このことをブログに書く気になれず(心配かけたくないし、意地もあって)、

多分その時に書いていたら、

活動がうまくいっていないことにたいして配属先やインドネシア人を責める言葉が

出ていたかもしれないです。

今は、あの頃に大変だったのは私だけじゃなく、

むしろ配属先の当事者である同僚たちだし、

自分のことばかりで彼らを気遣う心のゆとりがなかったことを申し訳なく思います。

要請があったにしろ2年間の期限付きでここにいるのは私の都合であって、

彼らがずっと積み重ねてきてこれからも続いていく職場におじゃましているのは私なのに、

自分の活動成果を求めて、彼らに私の都合を押しつけていたのかもしれないです。

最近は同僚の立場や(インドネシア流の)働き方もわかるようになったし、

今までは協力隊仲間に相談していた活動の悩みも

直接インドネシア人同僚に話すことができるようになり、

彼らも私に相談してくれるようになりました。



やっと、1年近くかかって、やっと信頼してもらえたんだなぁと、

本当に本当にやっとここまで来れたと、そんな気持ちです。
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by naoko-indonesia | 2011-10-07 00:32 | 任地活動

1年

今日で、インドネシアに入国して1年がたちました。

楽しい、嬉しい、悲しい、悔しい、

色んな感情がどんどん湧いてくる毎日で、

去年の今日、成田空港にいた私には想像もつかない1年でした。


あっという間。

もう来年の今日は日本です。




悩んで苦しんで耕した分、これからの1年は活動を軌道に乗せられるよう、

芽が出て葉っぱが育つよう、自分なりにがんばります。




そんな今日は、任地タカラールの村の小学校で

南スラウェシ州にいる保健、農業、料理、教育の隊員と

任地小学校の先生や配属先と一緒に

食農イベントを開きました。

北スラウェシから保健系の同期たちも来てくれて、

タカラールの僻地に10人以上の協力隊員が集結。

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任地の人に喜んでもらえて、たくさんの笑顔が見れて、

本当に幸せな1日でした。

タカラールの人たちはもちろん、南スラ隊員の皆さまにも感謝です。


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今朝、タカラールは久々の雨。

海に大きな虹。
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by naoko-Indonesia | 2011-10-04 23:28 | 任地活動

JICA青年海外協力隊          尚子のインドネシア日記           スラウェシ島 タカラール県          青少年活動隊員          (平成22年度2次隊)
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