Seize the day!! インドネシアの空の下

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帰国オリエンテーション

10月4日

広尾のJICA施設で帰国オリエンテーションがありました。

この施設は事業仕分けで国に返還することが決まったそうで、

地球ひろばの展示などはすべて撤去されてシーンとしていました。

私たち22年度2次隊がここを使う最後の隊次だそうです。

広尾に行くのにびっくりしたのが、

電車の通勤ラッシュ。

2年ぶりの満員電車。

戦意喪失で2本も見逃してしまいました。


研修内容は外務省からの感謝状授与や就職オリ、健康診断の説明や

オフィシャルパスポートの返却など、夕方までで終わり。


2年ぶりに他国同期とも再会。

同日帰国のフィリピンやボツワナ、タイ、チュニジア、モロッコなど。

みんな元気そうで、嬉しい再会でした。

私たちインドネシア隊は3日の朝着で、

しかも時差2時間なのでそんなにつらくなかったけど、

ボツワナ隊は研修中「向こうはまだ夜中の3時だよー」と時差が。

アジア以外の隊員は大変。




「白いよー!なんでー?」

「そんなことないよー!え、白いじゃん。変わらないよー。」


これはフィリピン隊とインドネシア隊の会話。


"隣の芝生は青く見える"ならぬ、

隣国の隊員は白く見える。

周囲の方から見たら、どっちもどっちかもしれませんが。

電車とかで見てても日本女性はかなり白くて、

南国赤道の島で2年過ごした隊員には憧れです。







そしてやっぱりアメーバ経験者の隊員もいて、励まされました。







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              インドネシア同期JV4人。無事帰国しました。
               SVは別プログラム。
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by naoko-Indonesia | 2012-11-21 23:58 | 帰国まで

出国~帰国

帰国してから2週間です。



日本、寒いです。







薬を飲み続けていて、

その副作用で吐き気が止まらず、

2年間楽しみにしていた実家のごはんをまともに食べれず、外出もできず。。。

アメーバめ。

しばらくはおかゆとうどんを繰り返す日々でしたが、

やっと薬も終わって最近は食べれるようになりました。

日本食、素晴らしすぎる。

お米、おいしすぎる。

今はJICA顧問医からの再検査指示を待っています。

美容院に行って日本人に戻してもらったり(腰まで伸びてた髪を切ったので頭が軽い!)、

歯医者に行って検診したり(虫歯ゼロでした!)、

携帯電話を買いに行ったり(スマホが全然理解できず店員さんを困らせる)、

区役所で住民登録や保険証の手続きしたり(今まで会社やJICAに守られていたと実感)、

近場なら出かけられるのですが、

急に胃腸が痛くなることがまだあるので、外食や遠出はできてないです。



アメーバ菌は本当に死滅したのか。。。

完全に殺さないと半年や1年後に再発して、

腸内に膿が溜まって手術することになるとか。

なんて厄介な虫。

以前インドに行った時も帰国後に感染症を発症して

親に救急外来に連れて行かれるという前科持ちの私に、

2度目の今回は親も「まったく毎回毎回・・・」とさすがに呆れています。

ごめんなさい。




でも、1つ弁解させてほしいのは、

「私が不潔だったわけじゃない」です。涙

1~2週間の潜伏期間があるので

たぶんタカラールで感染していたのですが、

この2年間、いつも、できるだけ、清潔にしてました。本当です。

手で食べる文化だけど、食前はちゃんと手を洗ってたし、

スプーンがあるときは使ってました。(手で食べるのがどうしようもなく下手だったので)

でも、自分がどれだけ気をつけていても、

調理された食品そのものに調理者の手から赤痢菌がくっついていると、

そこから感染するんです。

だから、しょうがなかったんです。しょうがなかった。

たしかに、スラウェシを出る直前1週間はタカラールの人たちが

送別会をあっちこちで開いてくれて、

いつも以上にローカルなごはんをローカルな環境で食べてたので。

同期には「タカラールが引き止めてるんだよー」とからかわれましたが、

私からしてみれば「タカラールで発症しなくて本当によかった。絶対帰国する。」です。

ジャカルタのちゃんとした病院で検査できたし、

日本で日本人の食べるべき正しい療養食(これは重要)が食べれたし。

そんなこんな、回復してきたので残りのブログをちょっと更新していこうかと思います。

















10月2日夜、

隊員仲間と調整員に見送られてジャカルタから出国。

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日本はきっと涼しかろうと、とりあえず着込む。

本当に実感なくて最後まであっけらかんとしていましたが、

さすがに離陸の瞬間は、うぅ・・・ときました。




心配だった預け入れ荷物は23キロのスーツケースとボストンで46キロOK。

残りは前日まだ元気だった時に郵便局からEMSで10キロ超のダンボール2個送りました。

入国の時は40キロと別送20キロ、化粧水とか消耗品類はないし衣類は置いてきたのに

なんで増えたのかというと

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いただいたお土産。写真は一部。

南スラ伝統の布や手作りの壁掛け、手紙、

ここには写ってないけどお菓子の数々。これが重い。

もちろんタカラール隊員の重い宿命も。

過去ブログ→~タカラール食~BEPANG

けっこう置いてきたんだけど。

南スラ隊員の皆さまごめんなさい。










10月3日朝

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着陸が近づいて雲の切れ間から日本が見えたときは、

本当に日本だ・・・と、不思議な気持ちでした。

同期とも「スラウェシ島に帰ってきたみたいな気がする・・・」と話すくらい。

でもさすがに全然眠れず、機内食も食べれずの状態だったので疲労マックスで到着。


とりあえずボストンバッグだけ実家に送り、

(その日の夕方に到着するという信じられないサービス!

“着くかもしれないし、無くなるかもしれない”というインドネシアとは大違い)

ホテル組の同期とはここでお別れ。

「また明日の研修でねー」と、みんなあっさり・笑

携帯電話を持っていないので、公衆電話を探して実家に到着の電話。

お腹も痛いし、とにかくしんどかったので早く帰りたいのに

帰り方がわからず(携帯がないので乗り換え検索ができないし、記憶も定かじゃない)

とりあえずリムジンバスで、人混みが少なくて私にもわかる駅に行こうと思い、

水天宮前駅に。






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                         スカイツリー!!!!


スカイツリーを知らなくても、この大きさでただごとじゃないとわかるくらい大きい。

働いてたときは高くなっていく工事中のスカイツリーを毎日見ていたけど、

ついに完成したんですねー。

すごい。



そこから電車で帰ったのですが、



・みんな下を向いて無言でスマホをシュシュッってやってる光景に驚く。

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               これは私がインドネシアで使ってたJICAの携帯電話。

この“SMSと通話ができるすごいケータイ”を使っていた私に

スマホをシュシュッとしてる人たちの光景は刺激が強かったです。



・わずかな遅延を申し訳なさそうに謝るアナウンスに驚く。

5分も待たずに次の電車が来るのに。

ライオン航空なんて1時間の遅延でも「それが何か?」くらいの対応なのに。


・そしてやっぱり帰国隊員たちが言っていたように

「競歩並のスピード」で歩く人々に驚く。

スーツケースをガラガラしながら必死でそのスピードについていって、

なんとか実家に到着。







2年ぶりとは思えない、普通の旅行から帰ってきたみたいな感覚でした。

でも、いざ部屋に入ってみると

CDデッキとか写真立てとかがへこんだり欠けたりしていて、

「もー、乱暴に置かないでよー」と家族に言うと、

「地震のせいで落っこちたの」と。





















私は東日本大震災を経験していません。

でも、その時に日本にいなかったとしても、

多くの方が犠牲になったこと、

今まだご苦労をされている方や悲しまれている方がたくさんいることを

私も忘れてはいけないし、

あの時インドネシアの人たちがどれだけ心を痛めてくれていたか覚えてなくちゃいけないと

あらためて思いました。


地震があってから家族は水道水をあまり飲まなくなったらしく、

ペットボトルの水を大量に買い置きしてるとか、

携帯電話なんて興味のなかった母がやたらと私に

「何かあった時の為にすぐに買いなさい」と言ったり、

新聞には毎日の放射線量の欄や、

遺体が見つかった方のお名前が掲載される欄ができていて、

被災地のニュースも多く、

私が知らなかっただけで、

今もまだ復興は終わっていなくて、多くの方が困っていると知りました。

私に何ができるのか、

インドネシアにいた時はインドネシアのために、

そしてインドネシアで日本のためにできること、

日本にいる時は日本のために、

そして日本で世界のためにできること、

自分のいる場所でできることを探したいと思います。









そんな10月2日と3日。






そういえば、

出国前にマネーチェンジャーに行きたかったのに病院検査で行けず、

インドネシアで残っていたお金をすべてルピアのまま持って帰ってきてしまいました。

日本だと、すごーーくレートが悪いのです。

せめてドル、と思っていたのに。

いつかインドネシアに行くのかな。。。

大半の隊員は帰国すると任国シックになると聞いたのですが、

アメーバのおかげで「インドネシア、帰りたいーー(>_<)!!!!!」っていうのは

まっっったくないです・・・むしろ、ちょっとビビッてます。

CPや子どもたち、ホストファミリーや隊員仲間には会いたいけど。
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by naoko-Indonesia | 2012-10-17 22:34 | 帰国まで

最後に最大のおみやげ

今、空港に向かう車を待っています。

もう明日の朝7時15分には成田。




そんなインドネシア最終日、何をしていたかというと・・・




































病院で点滴。























昨日の夜、急な発熱と下痢、吐き気に襲われ、

JICAの健康管理員さんに連れられ今朝病院へ。

検査の結果・・・




























お医者さん「うん、アメーバ出てるね」


































アメーバ赤痢。

あぁぁぁぁ。










今日の大使館表敬と官房報告は行けず。

点滴されてひたすら休養していました。


























そんな私ですが、

これから日本に帰国します。

ちゃんと薬ももらったし、

日本で再検査も受けるので、大丈夫。

でもしばらくは日本の友達に会うのも憚られます・・・。















復活したら、ブログの続き日本から更新できるかな。

中途半端な状態ですみません。












実感ないままの帰国ですが、

成田に着いたら気づくのでしょうか・・・。







青年海外協力隊 平成22年度2次隊

インドネシア タカラール県教育局

青少年活動




これから日本に帰ります。
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by naoko-Indonesia | 2012-10-02 19:13 | 帰国まで

教育省報告と悲しき癖

今日、国民教育省でのプレゼンが終わりましたー。

準備に時間もかけたし、ずっと気がかりだったので終わって一安心。

自分の活動報告とあわせて、

タカラール僻地の教育現場の現状や教育局公務員の実態(?)を

だいぶ正直に話してきました。

相手側が予想以上に興味を持ってくれて、

今後どのように中央の教育政策を地方に浸透させていくか、

教育サービスの格差を少なくしていくか、

今後もし教育分野の隊員が来た場合のJICAと教育省の協力体制など、

具体的な話が出てきたのにはビックリ。

県・州よりも断然反応が良かったです。

私のプレゼンはともかく、

これをきっかけにインドネシア政府側とJICAが

インドネシアの教育の質向上に向けて

より強く地方僻地にはたらきかけてくれることを願います。

これで私の睡眠不足の日々も報われるーーー。
























そして私やっぱり気づきました。

この達成感の裏側で。





















私、


やっぱり、







































かなり訛ってるらしいです。

























今回のプレゼン、相手は国民教育省の役職者の方々。

南スラのがさつで強い口調が出ないように、

粗相がないように、

ジャワ人に合わせてゆったり丁寧に・・・と、猫かぶってみたのですが、

ところどころ隠しきれていなかったようで、バレる。

「さすが2年間住んでただけあるね~。すっかりマカッサル人だね。ははは~!」と。

しかも職員の中にたまたまマカッサル人のおばさまがいて、

「その訛り、懐かしいわ~」と・・・

インドネシア人に懐かしがられる私のインドネシア語。。。






さらに、ジャカルタにいるにも関わらず出てしまうマカッサル語。

「ジャワ人にマカッサル語で話しかける日本人」になっています。

使いこなせていない・・・。




でも、こんなんでもインドネシア語検定は受かったんです。C級。






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信憑性に欠けますが。。。






こんなインドネシア語でも、

これから忘れていってしまうのかと思うと、

今後使う予定もないのに不安になります。

話したいのに言葉が出てこない恐怖。。。

日本に帰国してからしばらくは同期との会話はインドネシア語でしょうか・・・。





そしてもう1つの悲しい気づき。







「小銭を蓄えようとする癖」







変な癖じゃないです。




タカラールでは額面の大きい紙幣はほとんど使えないので、

普段からRp.50.000とかRp.100.000紙幣は

マカッサルやジャカルタでくずして細かいお金にして持って帰ります。

その癖が抜けていないんです。

会計金額をよく見もせずに、すぐに大きな金額で支払って

細かいお金が返ってくると嬉しい・・・

ジャカルタに来て数日でお財布の中が賑やかになってきて、

初めて気づきました。

もう必要なかったんだ・・・。

むしろ小額にしすぎると帰国の時に両替できなくなる。。。
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by naoko-Indonesia | 2012-09-28 23:15 | 帰国まで

ジャカルタで追い込み

今日はJICA事務所でナショナルスタッフと

明日の国民教育省向けプレゼンの最終チェックをしてきました。

ここまで長かった・・・やっと解放されるー・涙


協力隊という立場だからこその、

現場の実態を中央政府に直接言えるという特権をフルに活用して、

明日は私が見てきたタカラールを伝えてきます。




荷物は大方片付いて、

あとは46キロを超える分だけ郵便局から送る予定。

たまたま南スラ隊員2人が会議でジャカルタ上京日が同じだったので

一緒に飛行機チェックインしてもらって

60キロでドメスティックをクリアできたのです。

えみさん&てらさん、ありがとうーーー!



いろいろいろいろ書こうと思っているのですが

とりあえず明日のプレゼンを終えたらにします。





そろそろ他国同期は帰国が始まったようです。
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by naoko-Indonesia | 2012-09-27 21:37 | 帰国まで

いよいよ・・・

もう少しでスラウェシを出発です。

ここには書けてないこと、いっぱいあるのですが、

もう本当に本当に、このスラウェシ島での2年間の生活も終わりです。



今はとにかく寝たいです。

メール返せていない皆さま、ごめんなさい。

JKT着いて落ち着いたら返します。
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by naoko-Indonesia | 2012-09-22 03:35 | 帰国まで

そろそろ・・・

ついに今週の土曜日にスラウェシ島を発ちます。

帰国報告に荷物のパッキング、

CPへの活動の引継ぎやお別れ会など、体がもう1つほしい毎日です。

タイ旅行の記事をのんびり更新してる場合じゃなかった・・・。


1番苦しめられていた(いる)のが省庁などへの帰国プレゼンと報告書の作成。

もう何日まともに寝れていないことか、、、涙

県と州の教育局は済んで、残りは国民教育省と官房とJICA!

こんなに大変なら帰らないほうがマシかも・・・と現実逃避。

帰ります。




もうダムは決壊して涙は止まらないし、

寝れないし、

荷物は片付かないし、

一体どれだけひどい顔で成田に降り立つのか・・・。
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by naoko-Indonesia | 2012-09-21 04:43 | 帰国まで

JICA青年海外協力隊          尚子のインドネシア日記           スラウェシ島 タカラール県          青少年活動隊員          (平成22年度2次隊)
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