Seize the day!! インドネシアの空の下

カテゴリ:思うこと( 19 )




何が大事か

ジャカルタでの快適生活が尾を引いて、

ただいまリハビリ中です。(水を浴びるお風呂とか、運転の荒い乗合バスとか)



ジャカルタ涼しくて、風邪をひいて帰ってきました。

去年入国した時、ジャカルタで空港出た瞬間「暑っ!!」って

思ったはず。。。

ここ南スラは、ほかの島の隊員が来るとたいてい「暑すぎる!」と

言うほど暑いそう。

気づかないうちに慣れたみたい・・・。





とにかくジャカルタ快適でした。

渋滞と、空気の汚さと、治安の悪さを除いて。

お金さえ出せば、東京と変わらない生活ができると思います。







セブンイレブンも
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スタバも
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クリスマスイルミネーションのきれいなデパートも
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日本食レストランも
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        (久々にお刺身食べた隊員仲間はお腹こわしてました…)




ジャカルタなんでもあります。




たぶん、アフリカ隊員からしてみれば信じられない光景だと思います。

インドネシア隊員の私からしても、信じられない光景です。



スタバで駐在員の奥様方はお茶会してるし、

高級デパートの横にはベンツのタクシーが並んでるし、

インドネシア人がお寿司にぎってるし、

むしろ日本人シェフがいるし。



任地でRp.10.000-(100円弱)の食事が、

ジャカルタだとRp.100.000-になって、

みんな「0」の感覚がマヒします。



でも、こんなにモノが溢れて快適でも、

気持ちが全然落ち着かないんです。


早くスラウェシに帰りたいって思ったし、

マカッサルの空港着いたとき、ポーターのおじちゃんたちの

なまったインドネシア語すらもなつかしく感じました。

おせっかいで、怠け者で、都合の良いことばっか言う、

本当にどうしようもない南スラ人だけど、

ここが私の活動の場で、私が住んでる場所なんだって思いました。




もちろん、総会で学んだことも多かった。

自分が折り返し地点を過ぎて、

いつのまにか先輩隊員の数が減ってることに驚いて、

新しくきた隊員たちが、早速活動を軌道に乗せているのを見て刺激を受けて、

私も残り10ヶ月したら、

活動がうまくいこうと、そうでなかろうと、

日本に帰国するんだと、

1日1日大切にしなくちゃって、気づきました。



ジャカルタの日本食が恋しいのも事実だけど(笑)、

帰国したらいくらでも食べれるし、

今はここで、超ローカルな生活をエンジョイしつつ、

活動を楽しみたいと思います。



明日は、カウンターパートと1月以降の新セメスターの活動の打ち合わせ。



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by naoko-Indonesia | 2011-12-13 18:03 | 思うこと

スラウェシ

帰ってきました!


ジャカルタに比べて暑いし、

がちゃがちゃしてるし、

インドネシア語なまってるし、

ちっとも快適じゃないけど、

ほっとするー。
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by naoko-Indonesia | 2011-12-12 16:00 | 思うこと

相手を知ること

ちょっとセンシティブな内容かなーと思いつつ。。。

8月17日はインドネシアの66回目の独立記念日でした。

66年前の8月15日に日本が“終戦”を迎え、

その2日後にインドネシアは“独立”しました。


今年の8月17日は断食中にも関わらず、インドネシア中が特別な雰囲気でした。

インドネシア中に国旗が掲げられ、独立記念の歌が流れ、

あちこちで特別行事が開催され(デウィ夫人も出席されていたようです。

デウィ夫人は日本ではタレントみたいになっていますが、スカルノ元大統領の奥様。)

テレビは1日中その様子を映す特番。

日本人にとって8月15日は“終戦記念日”だけど、

インドネシア人にとって8月17日は“独立記念日”で、

オランダや日本の占領から解放され、

インドネシア共和国という国として独立した記念すべき喜ばしい日なんだと、

その日を過ごして思いました。

日本人で日本にしか住んだことのなかった私にとって、とても特別な経験でした。

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(こんな路地裏にも国旗が。)


今まで、ここで暮らしていてそういう歴史を感じる経験も何度かありました。

普通に教育を受けているインドネシア人なら誰でも、

戦時中日本に占領されていたことを知っています。

そのことについて聞かれることもあります。

活動先で出会った元教員のおじいちゃんは「君が代」が歌えて、

カタコトの日本語を知っていました。

びっくりしてなぜかと聞いたら、当たり前のように「戦時中に習った」と教えてくれました。

こんなスラウェシ島のはじっこのタカラールにも戦時中は日本軍がいて、

学校では日本語教育がされていたそうです。

(そのことを同僚に聞いた時「そりゃいたよー」と、普通に言われました。)

マカッサル湾では数年前に日本軍の沈船が引き上げられたそうです。

スラウェシ島の北のほうには日本軍の防空壕が残っています。

シニアボランティアの方は、以前マカッサルの眼科の待合室で

おばあちゃんが日本の唱歌を歌ってくれたそうです。

それを知ったから歴史がどうのとか責任がどうとか私にはわからないけど、

「日本とインドネシア」のことについて、

インドネシアの人たちが当たり前に知っているのに

日本人の自分が知らなすぎることを恥ずかしいと思いました。

今、メディアや企業、皆々様のおかげで「先進国のステキな国、日本」という感じで、

私個人なんの努力もなく日本人と言うだけで初対面から無条件で好印象を持ってもらえます。

そのことにかまけていたわけではないのですが、

私は彼らのインドネシアのことを知ろうとしていなかったなぁと、反省しました。

歴史は関係ないし今が重要だと言われればそうかもしれないし、

知らなかったとしても活動には大して影響しないとは思いますが、

その歴史的事実の判断は別として、

相手の国を「知る」こと、「知ろうとすること」って大切なんじゃないかなって思うんです。

私は日本人ボランティアとしてインドネシアにいるけど、

べつにえらいと思っているわけでも、「なにかしてあげる」という気持ちでいるわけでもなく、

インドネシア人と“一緒に”この国の子どもたちのことを考えたいと思っています。

この2年間で私には何も変えられないかもしれないし、少しは何かが変わるかもしれない。

それでも一緒に考えたい。

戦時中にインドネシアにいた日本の人たちは、こんなスラウェシのはしっこで

66年後にインドネシア人と日本人が笑って怒って一緒に暮らしてるなんて

想像してたかなー。って思うと不思議な気分。




ちなみにインドネシア人はものすごーく「親日家」が多いです。

日本ってものすごく良い国だって、私は彼らに教えてもらいました。
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by naoko-Indonesia | 2011-09-14 17:06 | 思うこと

退職

気づけば退職して1年がたちました。

ついこないだのような気がしていたのに、あっという間に1年。

協力隊参加という個人的な理由での退職で、

周りに迷惑をたくさんかけてしまうというのに、

本当に温かく送り出してもらい、応援の声をたくさんいただきました。

つらいことも、嬉しいことも、色んな経験をした3年2ヶ月。

この経験があったから今の自分がある。

遠回りじゃなかったと思います。
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by naoko-Indonesia | 2011-06-01 09:15 | 思うこと

相思

3月27日。

南スラウェシ州都マカッサルで、日本の大地震チャリティイベントがありました。

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現地の学生や元留学生、日本好きなインドネシア人たち…

インドネシア人の発案で、インドネシア人によるイベント。

南スラウェシ州で活動している協力隊員有志も参加することになり、

シニアボランティアの奥様に「大福」の作り方を教えていただき(100%インドネシア産!)、

120個を販売、売上金を全額寄付しました。

バザーや日本食販売、寄せ書き、募金、チャリティグッズ販売、

さらには「浴衣ショー」や「ダンス」…など。。。

日本人の考える“チャリティ”とは違う企画もあって戸惑ったけど、

それも彼らが日本を想って、彼らの時間を使って、スポンサー集めや会場運営などすべて、

ここの文化の中で精一杯、まさに“ボランティア”でやってくれたこと。

忘れられないのが、会場で募金をした時に、募金箱を持っていた

インドネシア人に「Terima kasih」(=ありがとう)って言われたこと。

「日本の為に、ありがとう」と、こちらが感謝の想いを伝えきれないくらい伝えたいのに。

彼らは本当に日本を想ってこのイベントを企画してくれたんだと、

本当に、本当に、ありがたかった。

自分が“日本人”なんだってすごく実感した。

日本は孤独じゃない。

イベント会場には、歩くのも大変なくらいのたくさんの人。

日本を励ますものすごい熱気。活気。

日本人にはあまり知られていないこの島でも、

日本を想ってくれている人たちが、こんなにいるんだと、

本当に嬉しくて、ありがたかった。

そんなインドネシアの人たちのために、

私はここで、インドネシアのために、日本のために、

できることをしようと、あらためて思いました。


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このイベントのスタッフたち。

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七夕にちなんだ、短冊寄せ書き。
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by naoko-Indonesia | 2011-04-02 22:11 | 思うこと

雨にも負けず

「雨にも負けず」

           宮澤 賢治

雨にも負けず

風にも負けず

雪にも夏の暑さにも負けぬ

丈夫なカラダをもち

欲はなく

決して怒らず

いつも静かに笑っている

一日に玄米四合と

味噌と少しの野菜を食べ

あらゆることを

自分を勘定に入れずに

良く見聞きしわかり

そして忘れず

野原の松の林の蔭の

小さな萱ぶきの小屋にいて

東に病気の子供あれば

行って看病してやり

西に疲れた母あれば

行ってその稲の束を負い

南に死にそうな人あれば

行って怖がらなくてもいいと言い

北にケンカや訴訟があれば

つまらないからやめろと言い

日照りのときは涙を流し

寒さの夏はオロオロ歩き

みんなにデクノボーと呼ばれ

ほめられもせず

苦にもされず

そういうものに

わたしはなりたい
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by naoko-Indonesia | 2011-03-20 15:01 | 思うこと

報恩

「日本の恩に報いたい」

先日、インドネシア外相の言葉。

インドネシアは2004年のスマトラ沖地震で大津波被害を経験しており、
インドネシア人は今回の日本の地震・津波被害をとても心配しています。

私のステイ先の家族やご近所さん、配属先のスタッフたち、通りすがりの人からも、
日本を気遣う声をかけられます。

外相の言葉は、当時の日本からの援助に対するもの。
今回、日本へ援助隊を派遣することが決まり、その会見で。

私の大切な母国が大変な時に、何もすることができない自分の無力さともどかしさを
感じながら、この外相の言葉に涙が出ました。




協力隊に参加が決まった時、
「なんで海外なの?日本にも困っている人はたくさんいるのに。」と、聞かれることが
よくありました。

「知ってしまったから。ほっておけなかったから。」と、うまく答えられないまま
インドネシアに来てもうすぐ半年。

こういう時に、海外でボランティアをしていて良いものなのかと悩むけど、

この活動がいつか、日本とインドネシアの人たちの心を少しでも近づけるきっかけに

なれればと思います。

日本とインドネシアの人たちが、助け合えるように。想い合えるように。

そのためにも、このスラウェシ島の南の端っこの、タカラールの人たちに、

私をとおして日本人を知ってもらえるよう、日本を近くに感じてもらえるよう、

日本人として恥ずかしくない活動をしたいと思います。
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by naoko-Indonesia | 2011-03-20 11:58 | 思うこと

心配

日本のみなさま

地震、津波は大丈夫ですか?

インドネシアまで津波警報が出ていて、ニュースになっています。

すごく心配です。

どうか、みんなが無事でありますように。。。
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by naoko-Indonesia | 2011-03-11 19:53 | 思うこと

この1年



先日、無事26歳になりました。

1年前、まさかインドネシアで年を重ねることになるとは思ってもみなかった。

この1年間で、協力隊試験に合格し、仕事を退職し、2ヶ月間の訓練を受け、
インドネシアに派遣され…。

25歳の1年間に経験したこと、出会った人は、私にとって本当に一生の宝ものです。

たくさんの人が合格を祝ってくれて、
退職して迷惑をかけてしまうのに職場の人たちは温かく応援してくれ、
友人や家族が健康を気遣ってくれて、無事を祈ってくれて、
励ましあえる隊員仲間がいてくれて、
こうして自分が望んだ場所で生きれている。

本当にありがたいことだなぁと、しみじみ思います。

日々悩むことも多いけど、それも1年前の自分にはできなかったこと。

こうして、インドネシアで、インドネシアについて悩む。

それすらも、ありがたい。この2年間の特権です。

日本で、世界で、私の大切な人たちが元気でいてくれるからこそ、

私もここで安心して生活できます。



エジプト、チュニジア隊員が日本に退避帰国となってしまいました。
また任地に戻れますように。



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写真は先輩隊員からのサプライズプレゼント☆
まさかインドネシアに、こんなオシャレなカフェがあるとは…
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by naoko-Indonesia | 2011-02-13 14:03 | 思うこと

JICA青年海外協力隊          尚子のインドネシア日記           スラウェシ島 タカラール県          青少年活動隊員          (平成22年度2次隊)
by naoko-Indonesia
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